右手にピストルを左手にタンバリンを

札幌の劇団「yhs」に所属する櫻井保一のブログ

ライン・ドッグ

 

慣れない赤ワインを飲んだからかもしれない。とにかくダメな夜だった。

 

山盛りのベーコンとポテトが気付けば皿だけになっていた。男の口にひょいひょい入っていく様子は可笑しかったが、男の口から出る言葉はどうにも笑えない。喋るたび、心臓に霧がかかっていくのがわかった。他人を騙して得た富を、というか、それを富とは言わないが、とにかくそういったものを自慢して周りから羨望されることが、彼にとっては大切らしい。

これ以上は耐えられないので、断りを入れて席を立とうとした。すると、

「まだ話は終わってないぞ、これから先がすごいんだ、最後まで聞けよ、なあ、この話には、最高の結末があるんだぜ」

と言って、私を引きとめようとした。しかしそれはただのふりで、男の目線は隣に座る女から一度も離れなかった。とにかく香水のきつい女だった。それがさらに私をイラつかせた。

「興味ないよ、でも今夜の結末はわかる、あんたがその女とよろしくやるってことだ、最低な結末だ」

と、よろしくない言葉を残して店を出た。

 

黙ってもう少しだけ話を聞いていればいいものを、なんでわざわざ。と自分の振る舞いに反省しながら夜道を歩いた。ネオンに薄く照らされた、小ぶりでキレイな花の写真を撮った。家に着き、着替えもせず、床で寝た。そうとう酔っていたらしい。

 

夢の中では浜辺がどこまでも広がっていた。曇天だったが、いびつな形をした流木がいくつも転がって、その退廃的な雰囲気が自分には好みだった。

黒くて、耳の長い、大きな犬がいた。波打つたびに、海と地上の境目を行ったり来たりしていた。

「あの犬の主人は誰だろう、他に人は見当たらないし、んー、ああ、俺か?」

などと考えていたら、黒い犬は何かを思い出したようにクルッとこちらを向き、3秒ほど目が合った後、猛然と襲い掛かってきた。

 

そこで目が覚めた。

と同時に、足がつった。

 

残る酒と、眠気と、霧が晴れない心臓を抱えて家を出た。

 

コンビニの前、若い女が座り込んで化粧。その隣で初老の男がタバコ。猛スピードで救急車。右手で自転車を押す白人、左手にはガールフレンド。ハンドルを握る子ども、道に迷った母。花壇の淵、うなだれる中年。作業服と缶コーヒー。牛歩の老婆。駆け込む女、目の前で閉まる扉。空を見上げるサングラス、笑顔。

 

いろんな光景が目に入る朝だった。そういえばと、昨夜の花の写真をみた。鮮やかなイエローだったはずだが、ひどくぼやけて汚い泥のようだった。消した。

 

霧が晴れない。

犬の絵が描いたビールを買って帰ろう。