右手にピストルを左手にタンバリンを

札幌の劇団「yhs」に所属する櫻井保一のブログ

夢の中へ♪夢の中へ♪行ってみたいと思いません(断言)

昼食をすましてすこし昼寝をしている間、夢を見た。夢と言うよりも、小さい頃の記憶、ほぼそのままのものを。なにをきっかけにそんなものが出てきたのかわからないけど、おかげで色々思い出したので記しておく。たぶん長くなる。

 

保育園の頃、お遊戯会の出し物で、戦隊モノのヒーローに扮して跳び箱とかマット運動を披露する、というのがあった。当時は五星戦隊ダイレンジャー。子どもたちにそれぞれなにをやりたいか希望をとったと思うんだけど、やっぱり人気はレッド。レッドはたしかリュウレンジャーだったはず。俺もやっぱりレッドを希望したんだけど、どういう選考基準かはわからないが結局イエローになった。キリンレンジャーね。

「なんだよイエローかよ」

と思った。それははっきり覚えてる。やることは変わらないけど、色と決めポーズが違う。子どもの頃の俺にはそれが大事だったらしい。最後までふてくされていた。思えばこれが人前でなにかをやるという行為の、その始まりだったのかも。

良い思い出ではない。

 

ここまでが夢で、そして忘れていた小さい頃の記憶の話。

ここからが付随して思い出した話。

 

小学生になって学芸会で劇をやるわけだけど、特に興味をそそられることもなく、3年か4年のときにやった劇では舞台セットの岩を開閉する係をやっていた。「ひらけゴマ」の掛け声にあわせてヨイショっと。それをやりながら「これ開けなかったらどうなるかな、あいつ焦るだろうな」みたいなことを考えていたと思う。

 

6年生になって最後の学芸会は、希望者をあつめてオーディション形式で出演者を決めるというアナウンスがされた。なんとなくそのオーディション形式ってのが面白そうだと思い、仲のいい友達と2人で一緒に受けにいった。オーディションと言っても台本渡されて順番に読むだけ。「大きな声ではっきりと言ったほうが良いだろう」と、それくらいは馬鹿な俺でもわかったので、できる限りそのように読んだ。友達は相当緊張してたのか、何言ってんのかよくわからんかった。他の人らも大体そんな感じで、それを見ながら「できれば出番の多い役がいいなあ」なんて思ってるうちにオーディションは終わった。

 

結果は、落ちた。

 

希望者と役の数を比べたら、おそらく落ちたのは1割程度だっただろうけど、見事その中に入った。あきらかに俺のほうができていたじゃないかと驚いたし、納得できなかったので、担当した先生に直接聞いたところ、「普段、自己表現が苦手な子を中心に集めた」と。ようは、そういう子に発表の場を与えて人間的成長を促そうと、そんな狙いで、出来の優劣はあまり関係なかったらしい。

そうかい、じゃあはじめから言えよアホ、と、面白い劇を創るためのオーディションをしたんだと思っていた俺はふてくされた。しどろもどろになりながら言い訳するように説明をしてきた先生の顔もムカついた。なに慌ててんだ、大人がガキの顔色うかがってんじゃねえ。

まあ、そんなこと内心考えてるガキはやっぱ扱いづらいからそりゃ落とすわな、と、今になっては思う。

劇に出ない人は、舞台の脇でリコーダーやらなんやらをBGMとして演奏するという役割があった。まったくやる気がおきなかったので、本番中は吹いているフリをして舞台上を横目で見ていた。一緒にオーディションを受けた友達がガチガチに緊張しながら演技をしていた。

やっぱり良い思い出じゃない。

 

その後中学高校は剣道部。ゲロ吐いたりしながら頑張った。

 

大学で演劇サークルに入って、そっからちゃんと演劇に触れ始める。演劇サークルに入った理由は割愛。大したもんじゃないので。1年くらい所属した後、大学の文化祭?的な催しにあわせて学内公演をするとのことで、部員全員台本書いてきて投票で決めることに。俺と同期の台本が最終選考に残った。でまあ、選ばれたのは俺じゃないほう。他の同期たちからの票は集まったんだけど、どうやら俺が書いた台本が<主人公が童貞を捨てるために右往左往する>というもので、学内公演としてサークルの看板を背負ってやるのには「内容的にふさわしくない」という、先輩方の意見で落ちた。面白いかどうかだけじゃないらしい。

なんかつまんねえな、とふてくされ、サークルでやるのはもういいかと考え始める。そんなときに劇場主催のプロデュース公演のオーディションがあったので受ける。やっぱり落ちる。ぐぬぬ

 

選ばれない俺がやっとこさ受かったのが、今所属しているyhsの新人オーディション。まあ、それもファーストチョイスではなかった。後々合格理由を聞いたら「器用そうだから入れといて損はないんじゃないか」的な理由。同期入団のなかでも優先順位は下のほうだったらしい。

いざyhsで活動を始めてからも、先輩方から褒められることはほとんど無かった。もちろんアドバイスやダメ出しのほうがありがたいし、無駄に褒めあってるのなんて反吐が出るけど。その中でも、「ココは良い」ってのが俺にはなくて。これは単に力不足。とはいえ、褒められてる同期をみると、やっぱりちょっと羨ましかった。

だからしばらくは酒の場で芝居の話するの嫌いだったなあ。あの人らすぐ芝居の話すんだもん、大好きだから。あ、信頼してますよ、もちろん。

 

こう振り返ってみると、大体は「うまくいかないなあ」と思って今までやってきてる。きっとそれが原動力にもなっているんだろう。どっかで満足してたらそこでやめてたのかもしれない。多分これからも、不安と飢餓感に支配されつつ、頭を抱えながら前進していくんだろう。研ぎ続けよう、牙を。

 

とまあ、色々思い出したあれこれでした。

いやー、改めてみるとダサいこと書いたなー。

ま、カッコよかった試しがないんだけどね。

 

では。